勉強!勉強!勉強!

な毎日。。
でもそれなりに楽しいのはなんでかな。電車で参考書を眺めて時を忘れています。早く大学生になりたい一心で勉強を乗りきれている気がする。
出来れば現役でUT行っちゃいたいところですが、まずセンターですね。センターでしっかり取りたいと思います。

すっかり寒くなってしまった

心まで寒い。
勉強してるだけですから何も面白いこと言えないわけですが、結構順調にやってます。


数学めっちゃできるってわけじゃないのに大学への数学にはまり始めてしまった。

微積分/基礎の極意―大学への数学

微積分/基礎の極意―大学への数学

面白い。

はじめての東大模試

受けました。
周りが出来る人ばっかりなんじゃないかと勝手に思い込んで勝手に緊張して勝手に肩が凝る嫌な癖が出てしまった。とりあえず落ち着けや自分。もう問題解くのが怖かった…。それでも誰も助けてくれないしわからなくても目の前の問題解くしかない。

やっぱり現役には理科が辛い…物理は電磁気、化学は有機がマジで手薄で他の受験生の方々に本当に申し訳なくなるぐらい。苦し紛れに埋めたものの全く自信はありません。ていうかもう解答見るのが怖い。ヤメテーって感じ。数日経って落ち着いたらちゃんと見ようかな…。
それでも英語だけはできたような気がする。数学は完答できる問題あってよかったーって感じです。もうこの時点でレベルが低いのは重々承知です。もっと勉強しなければね。国語はわりとできた…気がするだけですが。どうも、読みが浅いんじゃないかな自分。現代文は夏期講習で勉強したことを生かせました。
いろいろと未完成な状態で東大模試に特攻してみて、自分の実力のなさとか精神的な弱さとかすごく実感できたので、謙虚になれた気がします。あとやる気が出ました。誰に何を言われようとも諦めません。何判定だろうが諦めません。泥臭く勉強します。理解の浅いところは徹底的にやります。誓います。

スランプはつらい

超チラ裏だな。


いわゆる受験の天王山の夏真っ盛りだけど、多分今5合目ぐらい。
高3になって高校の時間割も雰囲気が変わって、さらに予備校にも通うようになって、少しリズムを崩してスランプ気味だったのだけど、最近やっと抜け出せた。勉強しよう、と思ったら集中してやれるし、お腹が空いただのなんだので中断することも減った。
スランプに陥ると当たり前のこともできなくなるし、本当に一寸先すら見えないような気分になる。一歩踏み出さなくてはいけないけど、踏み出したらそのまま落ちていってしまうんじゃないかという恐怖が勝る。その場で足踏みを繰り返すけど、足場はがらがらと崩れ落ちていくような…。しかもスランプって完全に内的な問題なので誰かにどうにかしてもらおうにもどうしようもない。偶然のきっかけに頼るしか方法がない。自分から足掻けば足掻くほど裏切られるような。
しかし突破口はあった。暑い中ふらふらしながら夏期講習に出かけていってよくわからないまま鬼のようなスピードの板書を写し続けてへとへとになって夕方に帰ってくるという生活を繰り返していたら何故だか妙にやる気が出てきた。
私の持論に「何かどうでもいいことで悩むのは暇な証拠」があるのだが、実は自分自身がこのケースに当てはまることが多い。皮肉なものだが。ともかくよくわからないけどとりあえず忙しい状態に持っていくことも大事だったりするなあと思いました。
そうして考えないことで、スランプとは逆に、明るい光で満ち溢れているから前後が見えない状態に至れば、何でも前向きに頑張れる気がしてきた。考えなくてもいいこともいっぱいある。そう言い聞かせるとなんだか乗り切れそうな気がしてくる。

緊張が怖い

入試をJUST一年後に控えた今一番の心配事。
試験中に変な緊張の仕方をして文章が落ち着いて読めなくなったり(目で追ってるだけで咀嚼できてない)、問題を前にして無駄に萎縮して実力が発揮できなかったり、ってことがよくあります。なんなんでしょう。これで高校入試も散ったし、こないだのチャレンジセンターも微妙でした。本当に困るんですけど、本番中はいっぱいいっぱいもう自分の力じゃどうしようもない。小心でびびりなんだと言われればそりゃそうなんですけどね。。。あの変な緊張は怖いんです。体の真ん中に真っ黒の空洞ができたような気になるのです。単に心臓がバクバクするのではなくて、問題を解いてることに現実味がなくなってくる感覚…なんとも言いがたい。
なるべく、模試で緊張感を持って受けたりしてるんですが、やっぱりこの悪い癖で失敗した経験があるので、不安が残ります。
学力的にまだまだな上に精神力も強くはないと来たもんだから、これからの一年、試練になりそうだ。

セブンティーン

17歳ってすごく、10代真っ只中って感じがする。
毎年のことだけど同級生のみんなよりちょっと遅く、順調にまた一つ年を重ねました。
本当にどうでもいい内容ばかりだけどこのblogも2006年の夏から続いているんだなあと思ったりしてる。特別今日この日が自分にとっての区切りだったりするわけじゃないですがね。
文章をある程度の体裁を整えて書くことで、自分の普段のもやもやした考えを整理し、捉えなおして、そういうことを繰り返してきた。私は人に相談ということをあまりしないのだけど、このblogは静かな水面みたいなもので、誰か特定の相手がいるわけでもないが、かといって誰にも聞こえないわけでもなく、思っていることをぶちまけられるところだった。そして、水面に映った己の姿を確認する。痛いし、恥ずかしいけど、青春の記録そのものであり、なかなかいとおしいものなんだな。これが。まだまだ生きていかなきゃいけない。

フジファブリック志村氏

Twitterで知って、びっくらこいてひとしきり呟きましたが言い忘れてた、
ご冥福をお祈りします。
CD出すたびに聴いてたし期待してたバンドだったので、ショックもでかいしでかすぎて飲み込めていない。
「何がなんだかわからない」ってこれのことかな。